第2章 ストレスキナーゼによる細胞死制御
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キーポイント
JNKやp38は、細胞種や細胞の置かれた状況に応じて細胞死の促進にも抑制にも働きうる p38による細胞死制御における標的分子については不明な点が多いが、転写因子CHOPやp53などが想定されている 1. ストレスシグナル伝達系としてのMAPキナーゼ経路
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MAP3Kは細胞外から加わる様々な刺激や細胞内環境の変化などに応答して自身のリン酸化酵素としての活性を亢進させる 活性化したMAP3KはMAP2Kをリン酸化により活性化する 活性化したMAP2KはさらにMAPKをリン酸化して活性化
活性化MAPKは転写因子をはじめとする様々な標的分子をリン酸化することによって多彩な機能を発揮する 哺乳類においてはMAPキナーゼ経路には3つの主要な経路が知られている 細胞死の制御機構としてこれらの経路が注目されるようになったきっかけは、神経成長因子(NGF)に依存して生存する培養交感神経細胞からNGFを除去することで誘導されるアポトーシスに、JNKならびにp38が積極的に関わっていることが示されたこと しかしその後は、JNKやp38、さらにその上流のMAP2K、MAP3Kに関しても、それぞれの分子が細胞死を促進するという報告だけではなく、逆に抑制的に働くという報告も相次ぐこととなった 結局、後に述べるノックアウトマウスを用いた解析などが決め手となり、JNKやp38が単独で細胞死を制御する状況はまれで、むしろ細胞の置かれた環境や細胞自身の細胞死シグナルに対する感受性などに応じて、他の細胞死制御機構との連携により細胞の運命を決定しているという捉え方が定着しつつある 2. JNK経路による細胞死の制御
2-1. JNKノックアウトマウスを用いた研究
JNK3のノックアウトマウスは、発生過程でのアポトーシスの異常は認められないものの、カイニン酸投与による海馬神経細胞のアポトーシスが抑制されていた またJNK1とJNK2のダブルノックアウトマウスでは、発生過程の脳におけるアポトーシスの制御不全により胎生期に致死となる
このマウスの脳においては、アポトーシスが抑制されている部位と亢進している部位とが認められた
JNKが発生過程でのアポトーシスを正にも負にも制御している分子であることが明らかとなった
さらにJNK1とJNK2をともに欠失した細胞は、紫外線照射によるアポトーシスに抵抗性を示すことから、ストレスによるアポトーシスの誘導にもJNKが関わっていることが明らかとなった
2-2. c-Junを介した細胞死制御
c-Junの転写因子としての活性は、そのN末端領域の2つのセリン残基がJNKによってリン酸化されることで上昇する また、Junファミリー分子とFosファミリー分子のヘテロ二量体はより安定であるとされており、AP1と呼ばれる転写因子複合体を構成する c-Junを介した転写制御がJNKによるアポトーシス促進の際に機能していると考えられる
c-Junの制御に関しては細菌、JNK1とJNK2が互いに異なった機能をもつことが報告されている
定常状態ではc-Junには不活性型のJNK2が結合し、c-Junは常に分解を受けているのに対し、ストレスが加わると、活性化したJNK1がJNK2に替わってc-Junに結合してリン酸化し、その結果c-Junは安定化するとともに転写活性化能を獲得するというもの
JNK3のc-Junに対する機能についての詳細はまだ明らかとなっていないが、JNKファミリー分子間での役割分担が明らかになったことでも注目される
2-3. Bcl-2ファミリー分子を介した細胞死の制御
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アポトーシス抑制に働くBcl-2はJNKによってリン酸化されることでその抑制能が阻害される アポトーシス促進に働くBimはJNKによって発現誘導されると同時に、リン酸化されてアポトーシス促進能はさらに上昇する JNKはマウスBadの128番目のセリンと201番目のスレオニンをリン酸化し、セリンのリン酸化の方はBadのアポトーシス促進能を亢進させ、スレオニンのリン酸化の方は逆に抑制することがそれぞれ別のグループから報告されている しかし、201番目のスレオニンはヒトBadでは保存されていないこともあり、JNKによるBadのリン酸化制御についての統一的な見解はまだ得られていない 2-4. TNF-αによる細胞死
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ROSの機能
その結果JNKの持続的な活性化をもたらす
TNF-αによる一過性のJNKの活性化は影響を受けずに持続的な活性化のみが消失している
TNF-αによる細胞死が減弱している
ROS消去剤によりJNKの持続的な活性化が抑制される
ROSによるJNKの持続的活性化によってもたらされる細胞死はアポトーシスよりむしろネクローシスであるとの報告があることなどから、JNKの持続的活性化がカスパーゼ経路とは質的に異なった細胞死誘導シグナルとして機能していることも示唆される JNK経路がTNF-αによる細胞死の誘導に寄与するかどうかのもう一つの重要な決定機構は、NF-κB経路とのバランス 実際にNF-κB経路のみを阻害すると、JNKの持続的活性化が増強される
その機構として考えられているもの
主にDNA損傷を誘発する刺激によって発現誘導されるタンパク質で、細胞周期やアポトーシスなどの制御に関わっており、哺乳類ではα、β、γのアイソフォームが存在する NF-κBの活性化にともなって誘導されるGADD45βは、JNKを活性化するMAP2KであるMKK7に結合してその活性を抑制する 鉄貯蔵タンパク質として知られ、2つのサブユニット(重鎖、軽鎖)が種々の組成で24個のサブユニットから成る球状の殻を形成し、内部に鉄イオンを取り込む 活性化酸素発生の触媒となる反応性の高い二価鉄イオンを酸化して不活性な三価鉄イオンとして分子内に取り込むことで、鉄の無毒化と貯蔵に寄与する 2-5. 14-3-3タンパク質のリン酸化制御
以前から、Bcl-2ファミリー分子のBaxがJNKによるアポトーシスの誘導に重要な役割を担っていることが知られていたが、互いの制御機構は不明だった 最近、定常状態では14-3-3タンパク質をリン酸化することでBaxが解離し、ミトコンドリアへの移行を引き起こすという機構が明らかとなった https://gyazo.com/466c5a2a310ff9bf6c8cb702927e7cc5
生存シグナルに寄与するAktなどのキナーゼによってリン酸化されたBadやFOXO3などのアポトーシス促進に働く分子も14-3-3タンパク質との結合によって機能が抑制されているが、同様の機構でJNKの活性化に伴って14-3-3タンパク質から解離し、アポトーシスの誘導に働くこともわかった さらに、DNA損傷の際、14-3-3タンパク質との複合体形成によって細胞質に保持されていたチロシンキナーゼc-Ablは、JNKによる14−3−3タンパク質のリン酸化によって複合体から解離し、核に移行してアポトーシスの誘導に働くことが明らかとなり、DNA損傷によるアポトーシス誘導にJNKが積極的に関与する機構が明らかとなった 3. p38経路による細胞死の制御
3-1. p38ノックアウトマウスを用いた研究
哺乳類のp38にはα、β、γ、δの4つのアイソフォームが存在する これらのうちのp38αのノックアウトマウスが、胎盤の形成不全が原因で胎生致死となることが複数のグループから報告されている しかし、後述するようにp38には細胞死誘導以外の多くの機能が想定されており、細胞死の抑制に働くことも報告されていることから、JNKと同様に、状況に応じて促進・抑制のどちらにも働きうるという解釈が妥当だと思われる
3-2. p38の生理機能
p38は転写因子などを直接リン酸化してそれらの機能を調節するとともに、いくつかの下流のキナーゼをさらに活性化することで幅広い機能を発揮する
これまでに明らかになっている多くのp38の機能の中でも、炎症における役割は疾患との関連も強いことから特に重要であると考えられている また、心筋細胞におけるp38の機能についても多くの研究が行われており、アポトーシスの誘導以外に心筋細胞の分化や肥大にかかわるという報告が多い 3-3. p38による細胞死の誘導機構
JNKと同様に、p38による転写因子制御は細胞死の誘導時には重要な機能
p53のアポトーシス誘導活性には46番目のセリンのリン酸化が必要であると考えられており、そのリン酸化に寄与するキナーゼとしていくつかの候補が挙がっているが、少なくとも紫外線照射によるアポトーシス誘導時にはp38が機能することが報告されている 細胞周期の調節機構とアポトーシスの制御とは密接な関係があることが示唆されている Cdc2はBadのリン酸化を介してアポトーシス促進に働くという報告もあることから、Cdc25がp38経路によるアポトーシス制御の標的分子の一つである可能性も考えられる NOの過剰産生による神経細胞死では、直接のリン酸化による制御かどうかは不明であるが、p38がカリウムチャネルを活性化し、細胞内カリウムを枯渇させ、細胞容積の減少を引き起こすことで細胞死を促進する また、栄養因子除去による細胞死においては細胞内の急速なアルカリ化が観察されるが、その機構に、pH調節が関与することが示唆されている
このように、細胞環境に直接影響を与えるエフェクター分子を制御することによってもp38は細胞死制御にかかわっていることが明らかとなっている 4. 今後の研究の展開
MAPKレベルでのストレスキナーゼによる細胞死制御を中心に概説したが、ストレス応答としての細胞死制御においてはMAP2KやMAP3Kレベルでの研究も非常に重要 また、それぞれのMAPキナーゼ経路がどのような機構でシグナル伝達の特異性を規定しているのかという点も重要な研究課題
このような課題を総合的に明らかにしていく過程で、ストレスシグナル伝達系としてのMAPキナーゼ経路の細胞死制御における生理的な役割がはっきりと理解されるようになるであろう